マルチチュード

マルチチュード 上 ~<帝国>時代の戦争と民主主義 (NHKブックス)

マルチチュード 上 ~<帝国>時代の戦争と民主主義 (NHKブックス)

マルチチュード 下 ~<帝国>時代の戦争と民主主義 (NHKブックス)

マルチチュード 下 ~<帝国>時代の戦争と民主主義 (NHKブックス)

前巻冒頭で言い訳しているように、この本は何か新しい実際のシステムを提示するような本ではありません。しかし2010年現在読むべき本かと問われたらその答えは迷わず「YES」です。
2004年に書かれた本書ですが、今も変わらずというよりも今もってますます例外でなくなりつつある恒常的な戦争状態/セキュリティという名の警察権限強化・個人情報管理/公的機関の民営化などを「帝国」(アメリカや超国家的企業のことです≒グローバリズム)の体制を維持・強化するための管理ツールとする視座(戦争の物語化など)は現在もいやだからこそより説得力を持って実感され、ミクロな事例を通して「帝国」権力の増大と限界、さらにそれに対抗するオルタナティブモデルとしてのマルチチュードの可能性を例証していく下巻前半までは個人的には若干経済に関する記述がやっかいだったものの非常にスリリングに読めました。後書きにあるように読んでいる内にマルチチュードに巻き込まれていくような感覚。影響されやすいと言えばそれまでだけど読前/読後では風景が違って見えるような。
日本含むいわゆる経済的北諸国および超国家的企業の推進するグローバリゼーション(ここでは帝国とニアリーイコール)の目的や富める者が富むからくり、諸問題に無自覚ではもはや済まされない時代(本書によると「ポスト近代」)の真っ只中なので。という様な自覚を得れるだけでも『帝国』に続いてこの本を読む価値は大いにあるかと思います。
オザケン音楽もやらないで政治的言及を始めて一体どうしちゃったの?な人たちも「ひふみよ」と合わせて是非読むべきでしょう。逆に同時代的な問題意識をちゃんと持っているということで信頼感を持てるようになると思います。余談ですがライブ行きたいぜ。

マルチチュードですが、本文中特に定義する箇所はなく暗示され文脈から立ち上ってくるように記述されており、プログラミングの世界におけるオープンソースクリエイティブコモンズなどをロールモデルとする、人種/思想/性別で左右されないフラットな構造の中心の無いネットワークであり集合知と理解しました。今ある国家権力を妥当し結局また同様の権力構造が再構築される(以下繰り返し)という従来型(近代型)の革命モデルではなく、アメーバ状にまったりと進行・ブラッシュアップしていく非革命的な革命が用意される土台となるものとして記述されています。

マルチチュードが実現する革命の目的は今の時代に生きている自分にとってはユートピア的発想のように感じられる全員を全員が統治する「絶対的民主主義」ですが、実現の可能性およびその道筋に関しては冒頭の言い訳が効いており(この本は哲学書であって実用書では無い)、スピノザの引用と私的な関係から「共」へと拡張すべきという非常に抽象的な「政治的な愛」という概念でお茶を濁しています。結論ではなく過程にこそこの本の真価があると思っていますのでこの箇所については肯定的にスルーしつつ、どうやら実際の行動についての『マルチチュード』に続く本を執筆中(タイトルは『革命』になる予定とのこと)ということなので楽しみに待ちたいと思います。

去年(だっけ?)のネグリの入国拒否は残念至極でした。もっと彼らの考えが日本に紹介されるいい機会だったのに。日本国は了見が狭い。